写真は「写真AC」のフリー素材を加工使用
大満月ぐうつと近寄り上りゆく 丹治 道子
名月の傍題である満月。月は秋気と定められていて、四季いずれにもあるが、とくに秋が清明であるため、秋の季題となっている。作者は「え?そんな句がいいの」と思うかも知れないが、日本人の美意識の代表的な季物の一つである「月」をこのように捉えている。「満月」と「上りゆく」の取り合わせは平凡で言い古されている素材。中七のこの図太い切り取りかたは類を見ないだろう。見えたる光消えざるうちに、というところか。一切の観念を取り去り自分の眼を信じた。一度手許に引き寄せた月をパッと放した感じ。作者の心の弾みが直接読者に伝わればいいのである。寝かせて良い句になる句と、寝かせると印象が薄れてしまう句がある。掲句などは感興即吟の句だろう。こうした句の生まれた「実感」は意外な強さを示す。この感覚を憶えていてほしい。
同じ作者の句でもう一句
/秋水や人それぞれの石を踏む 道子/平明でしみじみとした句であり、また別の面の作者が見える。この二作に見える句柄の振れ幅の大きさ。振れ幅の揺れの真ん中辺りを狙う。自分の位置を確かめながらの句作は楽しみである。
(選評:金子 秀子)
バックナンバー