桔槹10月号から

写真は「写真AC」のフリー素材を加工使用

人体の透きとほるまで泳ぐかな     佐藤 健則

「人体」という言葉を詠んだ句で直ちに思い浮かぶ句に、「人体冷えて東北白い花盛り 金子兜太」がある。しかし掲句は兜太の句より即物的であり、一段と個性と句の透明感をくわえた。終わりを迎えようとしているパリオリンピック。中でも競泳の、機械仕掛けのように繰り出されるクロールの感動が蘇った。人間と水との軋轢のダイナミズムの果てを俳句で言いきれば掲句のような句になるのだろう。作者の凝視と気息の高まりを「かな」でやわらかく結んだ。実に巧みである。

同時発表の

/夏雲の四方より立てる遊水地/

膨大な草を従えた一本の懐かしい道筋が見えてくる。「夏雲の四方より立てる」はシンプルではあるが、遊水地に下り立った時の、揺るがぬ草の熱気がむんむんと伝わってくる。「立てる」の三文字だが、夏の遊水地の概要を読者に見せた句。やはり現場に身を置く、ということだろう。観念と実感は別もの、それを作者は句で示した。(選評:金子 秀子)